肩を掴み顔を寄せると、ぎゅっと目をつぶって肩を竦ませた。どうにもその様相に見覚えがある。あぁその昔殴り合いの喧嘩をした時見たそれだ。殴られる直前の表情だ。なんとなくむっとして虎之介は口角を下げた。ちょっとした意趣返しで、そのままぴたりと動きを止める。三秒ほどして、恐る恐る薄目を開いたそのタイミングでその口の端に噛みついてやると今度はうひゃあ、と何とも色気のない声が上がった。
嫌なら、逃げればいいのに。
そう思わないでもないが、逃げないのだから嫌ではないのだろうと判断する。もしくはそんなことを思いも寄らないのか。思いも寄らないのなら、わざわざ教えてやる必要もないことだ。
強く食縛られた下唇をゆっくりと食むと、掴んだ肩からびくりと動揺が伝わってくる。目はやっぱりぎゅうと閉じられていてそれがどうにも気に喰わない。
閉じられたままの唇を舌でつつくと、今度は肩が震え眉が寄った。それを見るとなんとも凶悪な気持ちになる。
「なあ、舌、よこせ」
囁くと、目が開いた。何か言葉を発そうと開いた口を、だが容赦なく塞ぐ。開いた隙間から舌を差し込む。絡め、吸う。噛みしめる。
う、と喉の奥で鼻にかかった呻きが起こり、だがそれも咥内で消えてゆく。ちらりと視界の端、ぎゅうと膝の上で握りしめた掌が見えた。
きっと、勘違いしているのだ。お互いに。
余りに近い距離で、長く居すぎたので。
それでも今更手を離すなんて、もう無理な話だし、そのつもりもないんだ。
舌を噛み締めながら、肩を掴んでいた手を、くしゃりと頭に滑らせた。ぐしゃぐしゃになった髻を解いて指先で梳く。固い感触が指先を滑る。
あぁ、本当に今更だ。もういっそ、一生気づかなければいい。そう思って虎之介は瞠目した。