がたん。
 静かな筈の離れのどこかから聞こえる、なにやら不振な物音に三成は耳を澄ました。どうやら物音は濡縁の端、一番奥の部屋からのようで、憮然としたまま、三成は歩みを進める。そもそも三成がここに居るのは、彼を使うことができる数少ない人物、ねね、たっての願いでだ。
 清正と正則、探してきておくれよ。あの子たちの分もおにぎり作ってあるんだからね。いつもの笑みを浮かべてねねがそういえば、三成に否の言葉が吐ける筈もない。しぶしぶ重い腰を上げて、三成はこんな外れまで二人を探し足を運ぶ羽目になっている。まったく迷惑極まりない。ぎゅっと眉を寄せ、溜息を一つ。
 物音のした辺りまで歩みを進めて、そうして三成は板床の上に落ちている一枚の手拭いを見つけた。ぺらりと一枚、濡縁の上に鎮座するそれは明らかに誰かの落とし物だろう。そういえばこれに似たものを見たことがある気がすると、首を捻りながら三成は落ちているそれを拾い上げる。
 がたん、がたん。
 もう一度響く物音。音の出所を探すまでもなく、その音は三成の目の前の部屋から聞こえてくる。耳を澄ませば中からは何やら人の話し声。そしてまたがたがたと暴れるような音。
「うるさい!!何を暴れているのだ!!!」
 勢い良くすぱーんと引き戸を引き、仁王立ちのまま三成は声を上げる。
 かくして、その室内には三成の探していた二人の姿があった。のっぴきならない状況の様相で。
 時が凍る、と言うことをこの時三成は初めて経験した。たっぷりみっつ数える程の間をあけてから、最初に動いたのは正則だ。
 凍り付いた清正の下から、四つん這いのまま抜け出して、木戸に手を掛けたまま動きを止めているの三成の腕の下をも潜り抜ける。羽織っている単衣は腰帯でなんとか身体にまとわりついているぐらいのぐちゃぐちゃな状態で、しかしそんな事を気に掛ける余裕もないのか、四つん這いのまま濡縁を逃げてゆく。三成の視界からちょうど消えた辺りで、盛大に何かが落ちる音がして、どうやら動揺のあまり濡縁から庭先へと落っこちたようだった。
 ようやく動けるようになった三成は、振り返って庭先を見る。するとこけつまろびつしながら、逃げてゆく正則の後ろ姿が小さく見えた。まさに脱兎と言っていいその姿に、なんとなく何があったのかを察して三成はくるりと今度は室内をのぞき込む。
 清正は一番最初に三成がみたその姿のまま、まだ凍り付いていた。おい、と声を掛ければ、見る見るその表情は赤くなって青くなって、そうして白く色を失ってゆく。人の顔色がこのように鮮やかに変化する所を三成は初めて目にすることなった。関心していいのやら、呆れていいのやら、まったくもって見当もつかない。
 三成が大きく一つ溜息を吐いて、そうしてようやく清正は固く強ばった動きで床に座り込んだ。何かを言おうと口を開きかけた所で、しかし三成はそれを遮る。
「恨み言ならお門違いだ。どちらかと言えば、感謝してもらいたいところだな」
 普段通りの横柄な物言いに反論しようと清正は口を開いたが、しかしそのまま口を閉じ肩を落とす。そうして小さく、その通りだ、すまなかったとそう告げた。
 まったもって面倒くさい。どうして己がこんなことに巻き込まれなくてはならないのか、三成は納得ができない。とりあえず、ねねに言われた言葉を伝えれば己の役目は終わりとばかりに、清正にそのことを伝える。ああ分かったと返事する清正は明らかに気もそぞろで、内容を理解しているのかは甚だ怪しかった。しかしもう知ったことかと、三成は背を向ける。
 次は、と三成は正則の駆けていった方向へと歩き出す。方角からいっても己の部屋あたりだろう。しかし二、三歩進んだあたりで、三成は清正に呼び止められる。
「三成、その・・・」
 清正らしくない歯切れの悪い物言いに、苛ついた声色を隠すことなく三成は答える。
「誰にもいわぬ。そもそも、こんな馬鹿げたことを一体誰に言えというのだ」
「すまん」
 まったく馬鹿につきあわされるのは沢山だ。歩みを再開させた三成は、嫌々ながらも正則を探しにかかることにした。思えば拾った手拭いもまだ握りしめたままだ。よくよく考えてみると、この手拭いは正則のものだ。拾ってしまったならば、それは返さなければならない。三成の性格的にも放っておくのは気持ち悪い。
 まったく面倒くさい。惚れた腫れたと、そのような理解できない事柄に巻き込まれるのはうんざりだ。こんな身近で起こるならば尚更に。
 背後から漂う暗い空気に苛つきを募らせながら、三成は聞こえがよしに大きく溜息を吐いた。





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しかし、オチが酷すぎる・・・

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