※流血表現があります!!
苦手な方ご注意下さい!


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 耳をつんざくような轟音が響き、ついで砂塵、土砂が衝撃と共に巻き上げられる。とっさに身をかばい伏せるが、叩きつけられるような衝撃と共に身は地を這った。
 数秒意識を失っていたようだったが、すぐに身を起こす。身体はまだ動く、大丈夫生きている。生きてさえいるならばまだどうとでもなると、ほとんど本能で正則は木々の茂る窪地に転げ込むように身を忍ばせた。
 まだ近く、そこかしこで大音響が響いている。大筒の音だ。大筒から吐き出される鉛玉はその勢いのまま地をえぐり、土砂を巻き上げ、そして運の悪い者に死を運ぶ。
 木々に遮られたこの場所はちょうど大筒からの死角らしく、正則と同じく逃げ込んだ幾人か見知った味方の姿があった。

 痛ぇ。

 逃げ込むことに夢中で気付いていなかったが、一息つくとたちまち身体は悲鳴を上げた。巻き上がった土砂が身を打ち、その幾つかは肉を削ぎ血を流させている。しかも左の視界は赤く染まっていて、どうにも見えにくい。もしかすると目をやられているのかもしれなかった。
 だが、まだ生きている。生きているなら、問題はねぇし、とそう考えて正則は一人納得する。左目は感覚が鈍く、流れる血に額も切れている事が分かる。血を拭おうにも土砂をかぶった全身は血と泥とでどろどろで、どうにも汚れが拭える状態ではなかった。正則は感覚が鈍い左側に意識を集中させようと試みたが、どうなっているのやらさっぱり分からず顔をしかめた。痛みはあるようでないようで、瞼が開いているのか閉じているのかも分からない。しかし左の視界がアカいのだから左はまだそのまなこを開き、辛うじて見えているのだろう。いつまで保つのかは分からなかったが。
 己の左目がどうなったのか気になって、正則はそっと左手を延ばした。指先に当たる感覚で多少は現状が分かるのではないかと思ったのだ。
 しかし、その手はがしりと横から捕まれた別の手によって止められる。
「触るな!この馬鹿!!!」
「へ?」
 捕まれた手の先を見ると、そこには見知った顔があった。同じく大筒からここへ待避してきたらしい清正だ。清正も相応に泥に汚れていたが、運良く大筒の被害は被っていないらしく、手傷は負っていない。
 正則の手を掴んでいる清正の表情は堅い。
「見せろ」
 聞いたことのないような厳しい声で正則の手を降ろさすと、地面へ座り込んでいた正則の左反面を覗き込む。
「目、閉じるな」
 言葉短にそう告げると、正則がそれに返事を返すより先に清正は己の顔を近づけた。
 驚く程近くに顔が寄り、伸ばされた舌が這い血を、泥を、舐め取っては傍らに吐き出す。左目付近を何度か舐め清め、そうしてそろりと舌が眼球を這った。やはり左の感覚は鈍く、痛みも感じない。しかしがしりと添えられた後頭部の手の強さだとか、清正の吐く息の熱さだとか、それは分かる。常にないほどの近さの所為で、滅多に見せない焦りを清正が感じているのが分かる。
 そんなに悪ぃのか。
 正則はどこか他人事のようにそう思った。むしろこれで己の左目が駄目になったら、必死な清正に悪いなぁなどと、考える。
 そうこうしている間も、目頭を、瞼の裏を、くまなく舌が這い、血と混じり込んだ砂やら泥を拭って行く。普段であれば涙がぼろぼろとこぼれるであろうその行為も、鈍った知覚ではよく分からない。ただぬるく湿った感触が、左目付近を這っている、それぐらいしか分からない。
 ただならぬ気配の清正に、同じようにその場に待避していた自軍の兵が数名、何事かと近づいてくる。血の混じった泥を吐き出しながら、清正は一言「水を」と彼らに告げ、その有無を言わさぬ迫力に彼らは大人しく水筒を差し出した。
 清正は水を口に含み、もう一度顔を寄せる。左目付近でぬるい水が滴り落ち、肩を濡らした。瞼の中にも舌を伝い、水が流される。その時僅かばかり、ちくりと刺すように痛みが走り正則は眉を寄せた。
 処置が終わったのか、清正が顔を離した。血を舐め取った為まるで血を啜ったかのように、口元がアカい。しかしそんな己には構わず清正は己の着物の裾を破ると、正則の左目に当て、そうして新たに破ったもう一片でその布を固定するように、斜めに布を当て後頭部で結んだ。
「応急処置はした。戻って医者に見せるぞ」
「あ、あぁ。ありがとよ、清正ぁ」
 清正に続いて正則も立ち上がる。体はぎしぎしと痛むが、致命傷になるような大きな傷は他にはない。行動に支障はないはずだった。だがいくらか進んだ所で正則はべしゃりと地面に伏してしまう。
 見えない左目の所為だ。片目での距離間やら高低差やらは、慣れなければ掴みにくい。普段ならば容易に避けれるはずのくぼみや石、木の根などが正則の足下をおぼつかなくしていた。
 体力の低下も伴って、一度地面に伏してしまうともう一度立ち上がるには気力が必要になる。腹に力を込めて、立ち上がろうとした正則のそばにいつの間にか先を進んでいたと思っていた清正が戻ってきていた。
 無言で手を差し出す。
 一瞬、意味が分からず正則はその手と、清正の顔を交互に見た。
「手」
短く、清正が告げる。
「急ぐぞ。医者に見せるのはなるべく早い方がいい」
 妙にくすぐったい気持ちで伸ばされた手を取る。ぐい、と強く引かれその場に立たされると、そのまま手を引かれ進み出す。
 あたりはまだ、どんどんと遠く近くに大筒の音やいくさ場の喚声が響いている。空気は埃っぽく喉を灼き、体のあちこちは痛いし、左目はどうなっているのか、見当もつかない。
 そうで、あるはずなのに、腹の中は妙に暖かい。

 ガキん頃みてぇだなぁ。

 手を引かれながらそんなことを考え、清正の為にも、この左目が無事であればいいと、そう正則はどこぞかの神に祈った。


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