杯に注がれた緋色の液体が、手の中でたぶんと揺れた。
見たこともない色合いのそれは異国の酒らしい。灯りに透けた透明がかった緋色は、ぎやまんの杯にでも注げは一層風情を増すのであろうが、生憎そのような気の利いたものは用意していない。
 手に持った杯をゆっくりと回して、灯りの下で清正はそれをもう一度眺めた。血のような、とも称される異国の酒はとても美しい。杯を顔近くまで近づければ、熟れた果実の匂いが鼻をくすぐる。
 清正はふと視線を杯から上げ、同じように杯を持った正則を見た。やはりというか、物珍しげに緋色の液体を眺めている。
「南蛮の酒らしい。まだ俺も試したことはないんだが」
「へー、こんな赤くても酒なのか」
「なんでも滋養にもいいとか聞くが」
「でも酒なんだろ」
「・・・らしいが」
 清正の言葉が終わらないうちに、杯を持った正則がぐいっと一気に中身を煽る。ようは酒、と言う言葉に我慢が利かなくなったらしい。
「お、おい、せめてちょっと確かめてからにしろよ・・・」
 杯を煽った正則を呆れ顔で清正が見た。清正の見るその表情は一瞬の間を置いてたちまち微妙に眉が寄り、そうして口元がへの字に曲がる。どうにも正則の口には合わなかったらしい。
「確かめもせずに煽るからだ、この馬鹿」
 口の中の南蛮酒を飲み込むことが出来ずに持て余して、正則の表情は見事なしかめっ面になっている。うーうー、と声を上げて何か訴えているようだが、なにしろ口の中には液体が入ったままなので、何を言っているのか清正にはさっぱり分からない。諦めて吐き出せと、そう清正が口にしようとしたその時、ふいに正則が清正の手をぐいと掴んで引いた。
「え、うわっ!」
 前のめって崩れた体制の清正の後頭部に、がっしと正則の手が回る。抗議の声を上げる間もなく、正則の顔が近づき口付けられる。混乱している間に、隙間から南蛮酒が流し込まれ、驚きと、慣れない味とで清正は盛大に噎せ返り、突き飛ばすようにして身体を離した。
 背を丸めたままひとしきり噎せて、清正がようやく落ち着いた呼吸で振り返ってみれば、当の元凶はけろっとした顔で「やっぱ酒ったら、これじゃねーと」と言わんばかりに、南蛮酒と一緒に用意していた酒を口直しに煽っている。
 噎せた喉が痛い。鼻の奥もじんじんする。確かに酒を持ってきたのは清正であるが、飲めるかどうか確かめもせずに一気に煽ったのは自己責任のはずだ。
 報復の為に清正が南蛮酒の瓶に手を掛け、一息にそれを煽るまであと三秒。正則の声にならない叫びが響くのはあと少し後のことだ。

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