しゅーてぃんぐ☆すたー

 頬を切る風に、清正は思わず首を竦めた。川淵の堤防沿いを自転車で走っていれば、寒風を全身に受けてしまうのは仕方がない処だ。着慣れた学ランのそこかしこからびゅうびゅう風が吹き抜けて、みるみる体温は奪われていく。風に逆らうように立ち漕ぎで自転車を走らせると、口から吐き出された己の息が、白く視界を染め上げた。
「うぁぁあっ!寒みぃぃぃぃいい!!!!!」
 少し前を同じように自転車で走る正則が吼える。叫ぼうが喚こうが、寒いものは寒い。そりゃ仕方ないだって今は冬だ。朝のニュースでも今年最高の冷え込みとかと、すまし顔のアナウンサーが言っていた。
「くっそー洒落になんねー凍死すっぜ凍死〜なぁ、清正ぁ」
「凍死したくないなら、口じゃなくて足動かせよ」
 分かってらぁとばかりに、正則の自転車がスピードを上げる。堤防沿いを抜けてさえしまえば、吹き抜ける風も大分ましになるだろう。ハンドルを握る手袋越しの掌にぎゅっと力を入れ、清正もいっそう強くペダルを漕いだ。
「うへぇっ!!流れ星だぜ!!!ちょ、見たかよ清正!!!!!」
 前方から正則の上擦った声が聞こえて、清正はそういえばと朝見たニュースの続きを思い出す。
『ふたご座流星群は毎年12月14日前後を中心に活動している流星で、「三大流星群」のひとつとされています。今夜8時頃が丁度見頃になるそうですよ。大切な人とゆっくり星空を見上げる夜もいいかもしれませんね』
 すまし顔のアナウンサーが、これまた絵に描いたようににっこりと笑って言っていた。そうだ、流星群。要は流れ星が沢山流れる、と言うことだ。
 自転車を漕ぎながら、清正は視線をついと上へやる。どちらの方向がふたご座かなんて知りもせずあてずっぽうで見上げたその先を、一筋白い輝きが過ぎっていく。願い事を三回なんてとても唱えれる長さではない、一瞬の光。それでもこっそりと胸の中、願いを一つ託してみたりする。
「すげぇ!!また流れたぜ!!!!」
「流星群だからな、見てりゃもっと流れるだろ」
「すっげーすっげー!!・・・あ、俺願い事とかしてねぇ」
「餓鬼か、馬鹿」
 次流れたらぜってーする!とばかりに、気持ち緩くなった速度でペダルを漕ぎながら、正則は夜空を必死に見上げている。おい、前見ろよ、と清正が忠告の声を上げようとしたその時にタイミングがいいのか悪いのか、強風と路面のくぼみにハンドルを取られた正則の自転車があれよあれよと言う間に堤防上の道から逸れて、川へと続く坂を下っていく。
「うわわわわぁぁぁあああああああっつつ!!!!!!!!!!」
 がしゃーん。
 派手な音を立てて、自転車がフェンスにぶつかる音。そして叫び声。
 まだフェンスがあって良かったと、安堵するべきなのだろう。この寒空で川に落ちた正則を引き上げて家まで帰るのは並々ならぬ苦労だったはずだ。だから多少自転車が壊れていようとも、そしてそれが使い物にならなくなっていようとも、そう、まだマシなはずなのだ。
 幾分強く自分に言い聞かせて、清正は自分の自転車を停め、歩いて坂を下りる。
「何やってんだ、この馬鹿、怪我とかしてないだろうな」
「・・・怪我はしてねぇけど・・・自転車が・・・・」
 正則の言葉で見れば、暗がりでも分かるほどにぐにゃりと曲がったハンドル。やはりと言うか到底乗れる状態ではない。
 はぁと清正が吐いた息が白くあたりを染める。
「後ろ、乗れ。自転車は明日自分で回収して修理に出せよ」
「わりぃ、清正」
 すまなさそうにそう言って、正則は清正の後に続いて坂を登る。そうして停めてあった清正の自転車の後ろに乗り込んだ。
「ちゃんと掴まってろよ」
「おう!」
 何が嬉しいのか正則の返事は上機嫌で、思わず清正の口元から苦笑いが漏れる。
「お、清正の後ろだとあったけー」
 風が当たらない分だけ温いのか、正則がそういって上機嫌で清正の背中にぴたりと身を寄せた。そうすれば清正の触れる背中もなにやら温かい。
 急に笑い出したいような衝動に駆られて、清正は後ろの正則に気付かれないようにこっそりと笑みを浮かべた。
 なるほど古今東西、人間が星に願いを掛けるのも頷ける。
 早速かなった願いに、上機嫌で清正はペダルを漕ぐ足を速めた。

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